バレーボールの世界でもデータ分析が一般化し、試合後には詳細なスタッツ表を簡単に見ることができるようになりました。アタック決定率やブロック本数など、並んだ数字を見ると、チームや選手の実力をすべて客観的に把握できたような気になります。
しかし、数字は時に私たちを騙します。正確には、数字自体が嘘をつくのではなく、数字を解釈する人間が論理的な錯覚に陥ってしまうのです。
今回は、データ分析を始めたばかりの人が陥りやすい2つの罠を紹介し、数字の裏にある「試合の文脈」を正しく読み解くための考え方を解説します。
1. マクナマラの誤謬:見えない貢献を「存在しない」ことにしてしまう罠
データ分析において最も陥りやすく、かつ危険なのが「マクナマラの誤謬」と呼ばれる統計学の罠です。
この名前は、ベトナム戦争時のアメリカ国防長官ロバート・マクナマラに由来します。彼は徹底したデータ至上主義者でした。戦況を評価する際、彼は「兵士の士気」や「現地の民意」といった数値化しにくいものを無視し、敵の死傷者数という「簡単に数値化できるもの」だけで判断を下しました。結果として、数字の上では勝っているはずの戦争で、現実には泥沼の敗北を喫することになります。
この罠は、以下の4つのステップで進行します。
- 測定しやすいものだけを測定する。
- 測定しにくいものを無視する。
- 測定しにくいものは重要ではないと思い込む。
- 測定しにくいものは「存在しない」と言い切る。
これをバレーボールのブロック評価に当てはめてみましょう。
スタッツ表で最も目立つのは、相手のスパイクをシャットアウトした数(キルブロック数)です。これは誰の目にも明らかで、簡単に集計・数値化できます。
一方で、コート上には数値化しにくい守備の貢献が山ほどあります。例えば、ワンタッチ(ソフトブロック)を取ってスパイクの威力を殺し、味方にレシーブチャンスを作ったプレー(これは数値化できますが)。あるいは、ストレートのコースを完全に塞ぐことでスパイカーにプレッシャーを与え、無理なクロス打ちを強要してアウトミスを誘発したプレーなどです。
スタッツ表のキルブロック数だけを見て選手を評価すると、「数字が出ていないから、あの選手のブロックは機能していない」と判断してしまいます。どれだけ質の高いワンタッチを量産し、目に見えない形でチームのトータルディフェンスに貢献していても、数字に表れないから「存在しない」ものとして扱われてしまうのです。
これがマクナマラの誤謬の恐ろしさです。目に見える数字は、コートで起きている真実の氷山の一角に過ぎません。
2. 分母の罠:伸縮する「セット率」という錯覚
大会の個人賞やスタッツ評価で最もよく使われる指標に、ブロックやサーブエースの「セット率(1セットあたりの決定本数)」があります。ブロック決定本数を、出場したセット数で割って算出するおなじみの数字です。
このセット率を完全に否定するわけではありません。この指標が長く標準として使われてきたのには、明確なメリットがあります。
第一のメリットは「計算と理解の圧倒的なしやすさ」です。相手チームがアタックを打った総数などの詳細な経過データがなくても、公式のスコアシート(総本数と出場セット数)さえあれば誰でも簡単に算出できます。また、一般のファンやメディアにとっても、「相手のアタック機会に対して12%の確率でブロックした」と説明されるより、「1セットに平均1本のブロックを決める選手だ」と言われた方が、試合での活躍を直感的にイメージしやすいという利点があります。
さらに、シーズンを通じた長期的な評価であれば、各セットの長さのバラつきもある程度平均化されるため、選手の出場ボリュームに対する貢献度の目安として十分に機能します。過去の歴史的な選手たちと記録を比較する際にも、このセット率は欠かせない共通言語です。
しかし、これらのメリットはあくまで「メディアやファンが全体像を把握するため」のものです。これを「現場での精密な戦術評価」にそのまま持ち込んでしまうと、途端に罠に変わります。
なぜなら、バレーボールの1セットは、常に同じ機会が保証されているわけではないからです。
25-10で圧勝した第1セットと、30-28のデュースまでもつれた第2セットでは、ラリーの総数が全く違います。当然、相手がスパイクを打ってくる回数、つまり自分がブロックに跳ぶ機会にも大きな差が出ます。15点先取で終わる第5セットならなおさらです。
試合展開によってブロックの機会(母数)が大きく変動するにもかかわらず、伸び縮みする「セット」という単位で一律に割ってしまうと、特定の1試合や短い期間における選手の本当の決定力は隠れてしまいます。
客観的に選手のブロック能力を比較・評価し、戦術に落とし込むのであれば、セット数で割るのではなく、「相手がアタックを打ってきた回数」や「ブロックでアタックにタッチした回数」を分母にして計算し直す視点が必要です。
わかりやすさを優先したメディア向けの数字と、真実を深掘りするための現場の数字。目的によって計算式の前提を疑い、使い分けることが、データに騙されないための第一歩です。
まとめ:数字の裏にあるストーリーを読む
データ分析ソフトを使えば、結果の集計は一瞬で終わります。しかし、分析の本当のスタートはそこからです。
スタッツ表を見たときに、「このキルブロックの裏には、カウントされていないどんな好プレーが隠れているか?」「このパーセンテージは、どんな状況の分母から算出されたのか?」と問いかけること。出てきた数字を常に疑ってかかること。
点と点のデータをそのまま鵜呑みにするのではなく、線で結んで試合の文脈を想像する力こそが、データ分析において最も重要なスキルなのです。
